アリソンについて
「物語」を伝えたい。
「光」を届けたい。
「瞬間」を捉えたい。
アリソンがカメラと出会ったのは12歳の時。 写真を詳しく習いたかった彼女は、父に連れられカメラ教室へ通い始める。13歳の時に伯母を亡くし、伯母の形見としてPentax K-1000を受け取けとった。そのカメラは少し壊れていたが、大学を卒業するまでそのPentax K-1000を使い続けた。アリソンにとって暗室は、インスピレーションの場であり、逃げ場でもあった。
19歳の時、 インドへ渡る。カメラは「歴史とその変遷」を記録することのできる非常に大事な道具である、という事に気ずかされた。インドの魅力に圧倒され、写真や人々とのコミュニケーションを通して、その国の文化や考え方の違い及び共通点を伝えることが楽しくたまらなくなっていった。この場所でアリソンは写真がいかに影響力があるのか気付かされたのである。
アリソンは世界中を回りながら今も人々の「物語」を伝え続けている。災害や戦争で、絶望的な気持ちへ陥ってしまう被害者の人々の中から、アリソンは「光」を探し、その「光」を伝え続けている。ジュ―ナリストとして、社会問題などに注目を集め、チャリティー活動を行う中で、深刻な社会問題などの中でも、幸せな瞬間は存在する。家族や人間関係を捉えながら、絶望に隠れた「光」を見つけ出し、その物語を伝えるのだ。
2011年に、アリソンは東日本大震災に関する新たなプロジェクトを開始した。地震・津波・電子力の被害にあった町を捉え、被害者の物語を伝えたかった。このプロジェクトを通して、私は新たに自分の職業と写真について考えさせられました。写真がいかにパワフルであるかを感じさせられました。写真は大きな被害にあった人々を強く影響する力があります。写真とは、絶望と希望、両方を捉えることができます。メディアなどは、被害や絶望的な写真を表す傾向があります。しかし、私は写真を通して「光」や幸せを伝えたいのです。写真を通して、被害者を絶望から救うことができると信じているからです。
私は写真を通して「物語」を伝え、「光」を届け、「習慣」を捉えたいのです。
瞬間を写真にすることで、過ぎ去って行く過去は保存できます。雑誌の表紙に飾られる写真、新聞に写る写真や家族アルバムは、全て歴史的瞬間を捉えているのです。写真を見ることで、人々は歴史を感じることができると思います。写真を通して、人々は学び、成長できるのです。写真とは、次の時代へと受け継がれて行く物だと思います。
私の数々のプロジェクトは、インターナショナルコミュニケーションアソシエーション(International Communication Association 《ICA》)、日本外国特派員協会(Foreign Correspondents Club of Japan 《FFCA》)、ナショナルプレスフォトグラフスアソシエーション(National Press Photographs Association 《NPPA》)、AP通信(Associated Press)とエディ・アダムスワークショップ(Eddie Adams Workshop)から定評されております。その他、私が写真で捉える人々や家族から評価をいだたく事に対して、深い喜びを感じます。過去に写真を通してポリオのチャリティー活動を行った結果、ポール・ハリス・フェロー(Paul Harris Fellow)とも名づけていただきました。その他、ロータリー世界平和フェロー(Rotary World Peace Fellow)と文部科学省(MEXT)学者とも名づけていただきました。
私は乗馬が大好きで、馬の背中の上で育ったといっても過言ではありません。今でも馬を乗ることで幸せを感じれます。